官僚の責任/古賀茂明。読んだ。

毎年恒例の日本テレビ放送の「高校生クイズ」を見ていて、ふと「こいつら東大の法学部に行って、官僚にでもなるんだろうなー」と思っていた事から話は始まります。官僚と言えば世間一般のイメージからすると、超エリートですよね。高学歴で秀才の奴ら、そして政治家にも官僚出身という人は多くいます(あえて、名前は出しませんが…)。不思議な事に就職先の国家公務員と、ニュースや新聞から見るイメージはまるで違います。就職先としては「倒産の心配がなく高給な職業、もし子どもが生まれたら公務員にしたい」とプラスのイメージ、政治的に見れば「天下りの温床、官僚が日本を壊す」(そういう本も出てますね)と、マイナスのイメージを持たれています。

公務員は就職したら一生安泰。確かに、そうです。誰だって公務員になれるものならなりたい。しかし、個人的には「某東大法学部の学生が官僚になる理由」は彼らにとって、それが必然であり当然であると言えます。それは、説明すれば「答えのある世界の最高峰が官僚」だからです。

●日本式教育の最高傑作が東大法学部の学生。

だと思ってます。
日本の学校教育では盲目的に「全ての問題には答えがある」という事が重視されます。一時期、日本では流行りましたが、フィンランドやスウェーデンの教育とは正反対の位置にいるのが日本です。そして、その最高峰にあるのが「東大法学部」だと思っています。子どもの頃から塾や家庭教師が付いて、効率的に問題を解く事を叩き込まれる。ある調査によれば、東大の学生の親の平均年収は平均よりも高いというデータが出ているそうですが、子どもの頃から徹底的に「答えのある世界」を叩き込まれた者、ある意味では日本教育における最高傑作が「東大法学部」の学生といっても過言できないかもしれません。

東大生が勉強する裏で、ポケモンやめちゃイケばっかり観ていた僕とは全然違いますね。(笑)

●官僚仕様モビルスーツになった学生たち…。

東大生が官僚になる理由は、官僚になりたい!という思い以上に「それしか道が無い」といった方がいいでしょう。今や時代は答えのない世界に突入してきました。民間企業では欧米並みに、実力主義、成果主義の時代に突入してきました。パナソニックやシャープのように大量リストラ、韓国や中国企業との下克上バトルが勃発しています。今、企業が求めているのは、「答えのある世界の覇者」ではなく「答えのない世界の覇者」です。海外に1人で乗り込んで新規市場を開拓するような能力、何人もの人間を率いるリーダーシップが問われているのです。

一方で官僚はどうかというと、未だに試験で一括採用。年功序列で昇進が決まる。昇進レースから外れた者は、天下り先へ出向で悠々自適。これが私たちが批判する官僚制度の弊害だったりします。ある意味では、民間に求められているスキルと官僚に求められているスキルは別ものです。子どもの頃から官僚仕様のいわゆるモビルスーツに改造されてきた学生にとって、民間の企業で働く事は、今までのスキルを全てを捨てる事にも繋がります。つまり、東大法学部が官僚になるのではなく、東大法学部は官僚にならなければ損だというベクトルがあるのではないでしょうか?

官僚になりたいのではなく、官僚にならざるおえない。そういう道に進んでしまった…

これが2流大学だったら、コンビニのフランチャイズオーナーでもいいかな?と思いますが、東大法学部まで行ってフランチャイズのオーナーにはなりたくないですよね。

●〜答えのない世界のリーダーシップ〜

日本の学校教育で今も、年間数十万人、数百万人の「答えのある世界の覇者」が生まれようとしています。今の教育者は薄々気付いているのか、まったく気付いていないのか?分かりませんが、これは危機的です。先日、「10年後に「食える仕事」「食えない仕事」」でも紹介したように、「重力の世界」にいる70%の職は10年後に無いかもしれません。今や世界を見渡せば、英語が話せる人なんて数億人、数十億人います。日本の教育界は今になって小学校からの英語必修化を発表しましたが、世界から見れば話せて当然。で、あんた何ができるの?という話です。

「答えのある世界の覇者」が作る教育要領から「答えのない世界の覇者」が生まれる可能性はあるのか?…。

「時計周りの雇用」というものがあります。簡単にすれば…

¬宜饑劵献礇鵐哀(発明)
      ↓
ぅ哀蹇璽ル(マーケティング/開発)
      ↓
▲献礇僖鵐廛譽潺▲(生産)
      ↓
―杜呂寮こ(コモディティ化、低賃金地での生産)

という事ですが、今の教育は高度成長の従順な労働者のままディフォルトです。世界で言えば「重力の世界」ですが、その高度成長期の仕組みが未だに機能しているのが「官僚世界」ではないでしょうか?ある意味で、今の教育システムの中では官僚も悪くない選択肢なのかもしれません。東大生が官僚や公務員を目指すのも、ある意味では、戦略的な選択かもしれません。就職先に公務員を選ぶのは、答えのある世界で答えのない世界を探す事なのかもしれません。