これは少々哲学的になるのでブログに書くのは相応しくないのかもしれませんが、ちょっと書きたくなったので書いてみょうと思います。最近は、ロボット技術が進歩していますね。アシモが優雅に歩く姿を見ると、「ロボット技術が進歩しているな」なんてしみじみ思います。アトムやドラえもんといった漫画世界でのロボット完成はまだ先(ドラえもんだと2112年ですか…)のようですが、そんな話題を見ていてふと思って事があります。

もしも死んだ彼女のロボットが生まれたら、それは生きているか?

という事です。例えるのが難しいのでストーリーにして紹介してみょうと思います。
20XX年、僕の彼女が死んだ。付き合い始めて3年、そろそろ結婚を考えていた矢先の事故だった。パンクした車を確認するため車道に出た所を通りかかったトラックに跳ねられたらしい。即死だったという。病院に行く僕の息は荒い。ドキドキと涙が止まらない。病室には白い布をかけられた彼女の姿があった。ポタポタ…押し込んでいた感情が一気に爆発した。うぇーん、うぇーん。嗚咽が止まらない。

もっと愛情をかけられたかもしれない。もっと愛してあげられたかもしれない。もっと彼女と会う時間を増やせておけばよかった。僕の頭の中は後悔でいっぱいだった。事故から数日…僕はネットでこんな広告を見た。「人間そっくりのロボットが作れます。死んだ彼女そっくりのロボットも可、値段は200万円から。」僕は我がおもすがる思いで電話をした「このロボットってそっくりそのままなんですか?」」ロボット会社の社員は言った「えぇそっくりそのまま可能です。」僕は、即効で注文した。届くまで3週間かかると言う。

3週間後、宅急便のチャイムが鳴った。ピンポーン、お届けものです。
待ちに待ったロボット。顔や体は死んだ彼女瓜二つ。僕は解説書をろくに見ずにスイッチを入れた。おはよう!彼女の声と瓜二つ。彼は感極まってしまった。彼女が生き返ったのだ。そう、彼は思った。
という話があるわけですが、もし彼女と瓜二つのロボットが完成したとして、それは生きているのかという問題があるわけです。例えば、テレビ番組を録画して10年後に見たとして、その人間は生きているのか?という問題に似ていると思います。勿論、生でないテレビ番組の出演者は番組の中で生きているわけではありません。ただ、録画されているものが流れているだけ。養老孟司さん風に言うなら、それは「情報」という事になります。もし彼女と瓜二つのロボットが完成したとして、人間の彼女と同じ言動や行動をしたとして、彼女は生きているのか、その中に魂はあるのか?という問題が生じるわけです。あくまでロボットはプログラミングの上で動作しているのであって、それはロボット並でありロボット以上ではありません。

別の言い方をすれば、ドラえもんは生きているのか?と捉える事もできます。ドラえもんはあくまでロボットであり、プログラミングされた行動しかとりません。もしかすると、F先生の思いで神様が魂を埋め込んでいる可能性もありますが、今の段階ではロボットはロボットだと思うのです。ヘタをすれば全人口、僕1人を除いて全員ロボットになったとして、世界は生きていると言っていいのでしょうか?

これは難しい問題です。ここで答えは書かないでおきます。ブクマなどでコメント頂けたら幸いです。