独立国家のつくりかた (講談社現代新書)
坂口 恭平
講談社
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今の政治は混沌として混迷としている。誰もが不満を持っている一方で、誰もが不満を漏らさない社会。それが、ある意味で日本の縮図みたいなものかもしれない。本書「独立国家のつくりかた」は、それに対して否定的な見方、そして提案をしてくれる。冒頭では路上生活者の行動を分析し、憲法の生存権の下に自分の家を自ら建て、自ら生活するホームレスを分析する。そもそも論として、家に家賃を払うのが正等な行為なのか?という問いかけは、普段、必然的に家賃を払ってる身からすると、ハッとさせられる。
それじゃあ、いま僕たちが払っている家賃ってなんだろう? どうして、毎日必死に好きでもない労働をしている東京のサラリーマンの月給が18万円で、ワンルームの家賃が8万円とかするのか。おかしいと思うが、誰も文句も言わずに払っている。土地を持っている人間が持っていない人間から金を取るなんて絶対におかしいはずだ。  でも、放っておくとすぐに、「いやいや家賃を払うのは当たり前でしょ」と3Dステレオグラムでも見ているみたいに焦点が無意識のほうに戻ってしまう。それぐらい常識は怖い。普通の思考を僕たちはできなくなっているのだ。
著者は世間一般的に言われているような肩書きを持たない。時には、建築家。時には、画家。時には、作家なのだ。そんな著者はある時に決意をする。それが新政府の設立である。
そんなわけで二〇一一年五月十日に「新政府」を設立した。そして、自分で始めたのだから責任をとって「新政府初代内閣総理大臣」に就任した。勝手にね。  ただ、この国にはクーデター防止のために内乱罪という罪があるらしく、新政府なんて勝手に名乗っていたらまずいかもしれない。だから、新政府活動は「芸術」と呼ぶことにした。もともと僕は「社会を変える」行為を「芸術」と呼んでいたので、噓ではない。確定申告でも、僕のこれらの新政府活動で使った経費は芸術の制作費として申請している。そこらへんはきちんとしておかないと、すぐに法律の罠に引っかかってしまうから気を付けよう。
著者は、「態度経済」と評して、こんな面白い話も展開する。それは、ある路上生活者の一日だ。
彼は毎日、自動販売機に手を突っ込む。それで毎日、決まって500円稼げるそうだ。何もお金で買わなくとも十分であるはずの彼は、そのお金で何を買うのか。 「コカコーラだよ」  彼は即答した。酒も煙草も乞食ならやってはいけない、人生は酩酊してはいけないという信条に従って嗜好品ですら興味がない彼であるが、なんとコカコーラだけはやめられないという。しかもコーラは路上に落ちていないそうだ。あそこの会社は徹底していると降参している様子。  つまり、その500円というお金は、万物と換えられる貨幣ではなく、ただのコーラチケットなのである。これには僕は衝撃をおぼえた。貨幣がどうのこうのと考えていた僕の横で、佐藤さんはこの鉱物である硬貨が貨幣であるという概念を変化させたのだ。ただのコーラチケットだ、と。お金がない=生きていけないのではなく、お金がない=コーラが買えないということになる。  コーラが買えなくても、死にはしない。ちょっと淋しいけどね。  そんな態度経済の在り方もある。
お金には3つの意味があるという。一つ目が「価値の保存」二つ目が「交換の手段」三つ目か「価値の尺度」。この人にとってお金とは、価値の保存でも価値の尺度でもなく、コーラを交換するための手段でしかない。最近は、マクド難民という言葉が流行っているそうだが、この本に登場する路上生活者の大半が「生きるため」には困っていないようだ。ここで一つ考えのが、我々は働いてお金を貰っているが、結局は何のために働いているのだろう?という事だ。お金のためにだけ働くバイトもあれば、給料は要らない自己実現ができればいい。という仕事まで様々ある。コーラチケットのように、あっても困らないが、無くても困らないものなのだろうか?冒頭の話に戻るが、結局、僕らは何のため、何にために対価を払うのだろう。

実は、世の中は矛盾だらけなのかもしれない。実は、気づかないところで人々はエスケープしている。この本はある意味で、その可視化をしてくれる。笑えるようなエピソードはないが、心に響く本だと思います。