クオリティ国家という戦略 これが日本の生きる道
大前研一
小学館
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今、日本の経済や行政は疲弊していると聞く。「アベノミクス」がどの程度、日本国家にプラスの影響を与えるかは不透明。破綻寸前の国家財政、衰退する家電産業や企業。この現象は世界同時的に起こっている事なのだろうか?たぶん、答えは「No」だろう。巨大経済を誇る「ボリューム国家」中国の経済成長は知るところですが、シンガポールやスイスなど、小国でありながら経済を成長させ、幸福な追求している国家がある。著書ではそれを「クオリティ国家」と題して解説しています。
そしてもうひとつが「クオリティ国家」と私が呼んでいる国々である。経済規模は小さく、人口が300万〜1000万人、1人あたりGDPが400万円以上で、世界の繁栄を取り込むのが非常にうまいという共通点がある。人経費は高いが、それをカバーする付加価値力と生産性の高い人材が揃っている。規模の拡大を目指すボリューム国家に対して質の向上を目指す国家であり、前述の国際競争力ランキングで1〜4位のスイス、シンガポール、フィンランド、スウェーデンがその典型だ。
大前氏は本書の中で、クオリティ国家が誕生した理由をこう説明する。

○自国市場が小さく、世界市場で稼ぐしかなかった。
○世界市場で、低コストで攻めてくるボリューム国家には、イノベーションやブランドなど高付加価値で対抗するしかなかった(スイスは、基幹産業である時計産業が壊滅的な打撃を受けて構造転換しなければならなかった)
○自国に、資源や強い産業がなく、国家から企業、技術、資金を呼び込むしかなかった。
○唯一の産業である自国の人材を、世界で戦える人材にするしかなかった。
○国の規模が小さいために、産業構造を大胆にシフトさせることが可能だった。

この上で、日本が「クオリティ国家」になれていない理由をこう説明する。

▲これまで日本市場が大きかったために、世界市場を想定しなくてよかった。
▲コストダウン・改善で低コスト国に対抗できていたのが、コストダウンでは対抗できなくなってき。
▲技術開発は得意だが、ブランド価値向上、新しいビジネスモデル構築が不得意となってしまった。
▲大企業・銀行などは、苦境に陥っても政府が救済してくれた。中小企業もモラトリアム法で生き延びている。
▲外資導入、外国人の活用に苦手意識があり、その「内と外とを差別する」意識をぬぐえなかった。
▲人材で戦うにも、工業国モデルり教育で育ったため、21世紀型の人材育成が追いついていない。

といった事を挙げている。
日本は全てにおいて遅れをとっている。著書の中で多くの部分に教育と人材について割かれているが、人口がそもそも少ない「クオリティ国家」にとって、いかに優秀な人材を輩出するか、というのは国家の存続に関わる問題です。今の日本のように、大学に合格したらサークルや合コン三昧。早ければ大学2年からの就活。もはや大学は学ぶ場所ではなく、キャリア獲得のブランドでしかなくなっている。他の国を見れば、リーダーの輩出に力を入れるフィランドやスウェーデン。その逆に、徹底的なつめ込み教育を韓国の例。どちらが正解とは言えないが、結果として成果を出している。未だに、教科書を査定して全国統一のカリキュラムを行うのは時代遅れだとも思った。スイスなどでは、「ボーディングスクール」と言って、世界中から富裕層の子どもが集まる全寮制の学校が人気を集めている。年間の授業料が800万円というのだから、それは凄い。

スイスは永世中立国という立場と安い法人税などを背景に、世界の名だたる企業が本社機能を移転している。
大前氏は以前から著書でタックスヘイブンを作れと指摘している。法人税は20%のフラット。それでもシンガポールの方が10%近くも法人税が低いというのだから、まだまだ魅力的とはいえない。本書の最後では、日本に対する処方箋といったものか提示されている。簡単に要約すれば、「道州制」という事になるだろう。それぞれのリーダーがそれぞれに合った運営を行う。道州制を実現できれば、アジアのスイスにもデンマークにもなれるといっている。

シンガポールの元首相であるリー・クァンシュ氏の言葉が印象的だ。

「国民を食わせてこそ政治家だ」

大前氏の本を読んでいて思う事だが、この人は日本を愛しているんだな…という事です。別に大前氏クラスであれば、海外に移住して悠々自適に老後を過す事もできるだろう。別に本を書いて警鐘しなくてもいい。それこそ、90年代初頭の「平成維新」から、道州制やその他モロモロに関しての主張が変わっていない。それほど日本の政治や官僚は変わっていないという一つの証明だが、この本を読んだ1人でも多くの人が「この国はダメだ変えなくては」と変わる事。それが著者にとって一番の願いなのかもしれない。