Amazonでは酷評されていたけど、そんなに悪くは無い。特に、大学生で就職試験にマスコミを志望している人には、テレビの仕事の裏側が知れて面白いかも。吉田正樹さんと言えば、前著「怒る仕事術」がなかなか良かったんですが、吉田正樹さんといえば「笑う犬シリーズ」「トリビアの泉」などの人気番組のプロデューサーなどを手がけた方。テレビ局入社から退社するまでの20数年間の痕跡を辿る。元々、東大法学部で官僚志望だったのが、ひょんな事から自ら「フジテレビを受けたいです」と志望する。吉田さんがフジテレビに入社した年は、まさにフジテレビ全盛時代。のちに伝説的な番組なる「俺たち、ひょうきん族」「笑っていいとも!」などのADやディレクターを務めることになる。テレビ業界は過酷な仕事だ。そう言われるが、まさにそんな現場だ。子弟関係が厳しく、本当にADは雑用係にとして扱われる。のちに、ディレクターとなり自分の好きな番組を勤められるようになるが、AD時代の吉田さんは憂さを晴らすために、酒という酒を浴びるようになっていたらしい。

それでも氏が続けられた理由は、単純にテレビ製作が好きだった。という事に尽きると思う。吉田さんは手腕以上に、人脈に恵まれていた。のちに伝説的なプロデューサーとなる「ひょうきん族」の横沢さんや、とんねるずのノリさんが真似をする港さん。演者にも恵まれていた。「夢であえたら」で共演するダウンタウン、ウッチャンナンチャン。「新しい波」で頭角を現したナイティナイン。後輩には、のちに「めちゃイケ」を手がける片岡飛鳥氏などがいる。その世代の人にとっては「あー、みてた!」という番組も多いだろう。

特に、ウッチャンナンチャンとの出会い運命的なものがあった。
のちに伝説的な番組となる「笑う犬の生活」。これに関するエピソードは興味深い。「夢であえたら」→「やるならやらねば」とフジテレビではコント番組全盛の時代続いた。しかし、これは有名な話だが、野球中継で番組を中断された松本人志さんが怒って番組が打ち切りにさせたという話がある。その後、フジテレビは数年間にわたって視聴率の三冠王を日本テレビに譲るという不幸の時代が続いた。まさに、「電波少年」や「ウリナリ」といった番組全盛の時代だ。ウッチャンは「ウリナリ」でホワイティなどの名物キャラクターを演じる一方で、コントに対する不満を抱いていた。もっとコントをやりたい。そんな成り行きで生まれたのが「笑う犬」だった。しかし、「夢であえたら」もそうだが、全力疾走できる期間は短かった。あの伝説的な番組ですらたった3年〜4年で打ち切り。「お試しかっ!」が4年間、帰れま10をやっている事を考えれば、その当時のストイックな姿勢が見て取れる。

本書はテレビ好きにはテレビの裏側として。テレビ以外の方でも、コンテンツを作る立場としては興味深い。巻末で故横沢氏との対談は今後、一生、出る事はないだろう。興味深いです。
90年代以降、テレビ局は官僚にも見劣りしないエリートが就職する一流企業になりました。一般大衆ではない、ある種の「貴族」たちが大衆社会に入ってきたのです。その結果、逆に大衆そのものの姿が見え難くなってきました。そんなテレビマンたちは、どんな番組を作ればいいのか分からず、混迷の最中にいます。開拓すべき場所を見出せず、自分たちの存在自体がエスタブリッシュメントになってしまった今、大衆へと続く道が見えなくなって当然でしょう。
テレビは面白いのか、また、これから面白い番組が生まれてくるのだろうか…。