僕たちのゲーム史 (星海社新書)
さやわか
講談社
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あなたは、どんなゲームが好きだろ?「スーパーマリオ」「ドラゴンクエスト」「ファイナルファンタジー」色々と名作が挙げられる。本書のテーマはまさに「ゲーム史」だ。最近のゲームは人殺しのゲームばかりだ。ドラクエもオンラインになっちゃったし、なんかゲームが我々の元を離れている気がする。それが僕の最近のゲームに関する思いだったりする。たぶん僕が見てきたゲームの歴史。たぶん、もっと昔からゲームをプレイしてきた世代と、ニンテンドーDSやiPhoneが生まれた時からある世代とはゲームに対する価値観はだいぶ違うと思う。本書の冒頭で、結論と題してこう説明している、、
最初に結論を書いてしまいます。

ゲームの歴史を語りながら僕が説明しようとしている、ゲームの「変わらない部分」と「変化する部分」とは、次のようなものです。僕は以下の2つの点に注目しながら、ゲームの歴史を整理して語っていきます。

・変わらない部分、、ボタンを押すと反応すること

・変化する部分手、、物語をどのように扱うか
スーパーマリオはアクションゲームという認識が強い。しかし、面白い事に当初宣伝では以下のような文章が使われています。
テレビの中のマリオはあなたです。このアドベンチャークエストを完結できるのは、あなただけなのです。
ジャンプアクションというイメージが強いマリオですが、当初はアドベンチャーとして発売されていた。これは、この当時のアクションゲームの状況を見れば頷ける部分がある。マリオが発売されたのが、ファミコンが発売された2年後の1985年の9月13日だった。当時、既にゲーム業界にはアクションゲームというジャンルのゲームが飽和状態だった。任天堂の宮本さんはマリオをアクションゲームではなく、アスレチックゲームとして作ったという話は面白いです。本書はゲームの歴史を綴る一方で、日本的なRPGゲーム、アメリカ的なアクションゲームを比較して紹介している。ファイナルファンタジーの最新作が壮大なムービーを含む一方で、マップが一歩道になったりファンの間では旧来のFFとの乖離が生じている。ポケモンの生みの親である田尻さんは本のインタビューでこんな事を語っている。
僕自身はクリエイタとしてCD-ROMのもたらす大容量に、特に魅力は感じてない。「何でもできる」という点が、CG並みのクオリティのグラフィックだとか、ポリゴンを求められる要因となり、このゲームを作ろう、と思い立った動機とは別次元での制約を受けてしまう。CDだからあれもこれもできる、これも可能だと逆算してゲームを作ることを、僕は好まない。
この後、田尻さんが生み出したのが今や国民的なゲームである「ポケットモンスター」です。当時の家庭用ゲーム機と比べれば必ずしも高画質とは言えない。しかし、今までのゲームにないコミニュケーションという要素が盛り込まれていた。ポケモンが発売される数年前の1995年。任天堂の宮本茂さんは、こんな発言をしている。
逆に「俺はゲームボーイで最高の作品を作ってやる」みたいな人の方が、ひょっとしたら新しい技術を与えられた時に非常にいいものを作るかもしれない。
まさに、ポケモンを生み出した田尻さんの事です。

僕も小学生の頃にポケモンが流行りましたが、友達同士で「どこまで進んだ?」「何匹捕まえた?」といった会話が成り立っていました。白黒で今のDSと比べたらひ弱なハードだったけれど、ゲームの面白さ以上にコミニュケーションの面白さを内服したゲームだったと思います。

もしゲームに一つの句読点を打つならどこにするのか?本書ではこう綴られている。
この、1997年という年に注目してください。

 もし「長いゲームの歴史を、どこか一カ所で区切ってくれ」と言われたら、僕なら1997年を選びます。というのも1997年は、ゲームにとって、過去と未来が交差する年だったと思うからです。

 つまり、世代交代を思わせるような出来事が起きました。また、従来のゲームを突き詰めたような作品も生まれました。

 1998年以降のゲームを楽しめる人たちは、それ以前に取っつきにくさとを感じるかもしれません。逆に1997年までのゲームが好きだった人は、それ以降のゲームは大きく変化してしまい、あまり遊びたくないと思うかもしれません。

 その大きな変化とは、つまりはこの本のテーマの一つである、ゲームの「変化する部分」が大きく動いたということでもあります。ようするに、日本のゲームがずっと追求してきた「物語をどのように扱うか」という挑戦が、一つの頂点に至ったのが1997年だったのです。
1997年と言えば、丁度、「ファイナルファンタジー7」が発売された年でもあります。必ずしも最近のゲームが悪いとは言えない。ただ、1997年以前のゲーム以降のゲームでは大きく違ってくる。「ひぐらしのなく頃に」というゲームかある。これはボタンを押して敵を倒すゲームではなく、ただボタンを押してストーリー(文字)だけが展開されるゲームだ。一部のユーザーに熱狂的なファンを持つが、このゲームが人気を集める要因はゲーム自体の面白さではなく「人間同士のコミニュケーション」だと指摘されている。

GREEやモバゲーで人気を集めるゲームが生まれる。

1997年がゲームの句読点だ。と書かれているけど、ソーシャルゲームが普及し始めた2005年以降もゲーム業界の大きな転換点でしょう。ポケモンで友達同士がわいわいやってたように、当時、ゲーム世代だった中高年がソーシャルゲームで交流を行う。言い換えれば「疑似ポケモン」みたいな現象かもしれない。1997年を境にして、2005年を境にしてゲームは変わったのかもしない。ゲームの敷居が下がった。別の言い方をすればゲームが遊びではなく暇つぶしになってしまった。だから、電車の待ち時間でも楽しめるソーシャルゲームがヒットする。今の子供たちが、1997年以前のゲームを遊んでなにを思うのだろうか?それが気になった。

楽しい?
つまらない?
ダサい?

300ページを超える長編だけど、ゲームの歴史を一通り知る事ができる。
久々にゲームの電源を入れようかな?ああ、子供の頃にあれやったな。そんな思い出に浸れる1冊でもあります。僕のゲーム史、それは一人称として、二人称としても。