まず、この言葉が衝撃的で納得のいくものだった。

隈「現在、僕たちが知っている都市というのは、アメリカが20世紀の最初に自動車と一体となって作ったものです」

本書は建築家である隈研吾氏と養老孟司氏が対談形式で、日本の建築や住居について語ったもの。簡単に言えば、今の住まいってどうなの?と要約する事も可能です。まず、最近の建築はサラリーマン的な発想でできているという発言は興味深いです。隈さん自身、スーパーとコンビニの発想に似ていると言っているけども、その発言を受けて養老さんは、「サラリーマンには現場が無い」と言っています。最近の建築は、本部が買い集めたものを現場で組み合わせるだけ、計算機を叩くだけのサラリーマンだと指摘する。



本書の中ではたびたび、コンクリート建築に対する批判がある。たぶん要約すれば、冒頭の「アメリカと20世紀」に帰結するのかもしれない。建物を作る事は「ともだおれ」つまり、医者と患者の関係になる必要があると言う。

隈 都市というのは基本的に、賃貸という形を採用することで、家族形態の変化やライフスタイルの変化に応じて、フラフラと移動しながら住むようにできているんです。経済状況だってしょっちゅう変わるし、それにつられていろいろなことが変わっていく。都市という生き物は、住宅を分譲して「資産だよ」と言った途端に、大きな病を抱え込むことになります。

養老 流動性が無くなることだからね。都市という生命体の代謝が悪くなる。

それはたぶん、火災が発生するので道路を拡張しましょう。といった議論に関係するのかもしれない。賃貸であれば立ち退いてものらう事も容易だけど、分譲(持ち主)がいると、俺はここに愛着があるんだ!といって拒んでしまう。養老さんが言うように、大都市には少なからず代謝が悪い部分がある。といっても、コルビジェのような高層の建物と緑を融合される(今で言う六本木ヒルズ)のような建物に対して否定的なものは面白いところです。

隈 僕は以前、経済観念というのは単なる貧乏性の別名かなと思っていましたけれど、本質は合理的のことなんです。

結局、どこに住んでもいい。という事が本書の総論みたいな感じですが、本書の言葉を借りるなら「だましだまし生きて行く」という事があるのかもしれない。35年ローンを組んで、自分の家を持つ事。それは人生のある種のゴールとされているけど、それが本当に正しいのか?本書は生きる事と建てる事を、問いかける。